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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)254号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によると、本願発明について、次の事実が認められる。

(1) 本願発明は、活性炭素繊維製シート状物を有害物質除去用吸着材料として用い、これに脱着装置を設けた有害物質吸脱着装置に関する(本件公報の発明の詳細な説明の項第一欄第三二行ないし第三四行)。

(2) 従来、低分子から高分子までの多種のガス成分に対して吸着性能を有し、ガス濃度が希薄な場合でも優れた吸着能力を有する活性炭が、有害物質吸着装置に広く使用されており、かかる活性炭としては一般に粒状活性炭が使用されているが、粒状活性炭は、その充填方法に十分な注意を払わないと、充填層の厚さに不均一が生じ、通気の均一性に欠ける結果をもたらし、また、充填層が振動を受けると充填密度が不均一になつたり、バイパス・リークが生じたり、粉末が発生して飛散する危険性があるなどの欠点がある(同第二欄第三〇行ないし第三欄第六行)。

(3) そのため、近年、活性炭素繊維製シート状物を一枚又はそれ以上重ねたものを有害物質除去用吸着装置に用いることが提案されている。ところで、活性炭素繊維製シート状物を使用する場合にも、粒状活性炭の場合と同じく、再生、すなわち吸着させた有害物質の脱着を行う必要があるが、単にそのシート状物を通常の濾布のように用いる場合、その再生に当たつてそれを毎回取り外して再生しなければならず、その作業は非常に困難であり、作業員にとつて有害なことも明らかである(同第三欄第七行ないし第三〇行)。

(4) そこで、本願発明は、活性炭素繊維製シート状物を使用し、有害物質の吸脱着を簡単かつ有効に行うこと目的として(同第三欄第三一行ないし第三四行)、その要旨とする構成を採択したものである。

(5) 本願発明の装置は、活性炭素繊維製シート状物を使用しているため、通常の粒状活性炭充填吸着装置に比べ、軽重量で、かつ単位重量当たりの吸脱着面積を大にすることができ、また、通過する有害物質含有ガス及び脱着用加熱気流の圧力損失を小さくできる。このため通過する気流の単位時間当たりの体積を大きくすることができ、効率が向上する。また、吸着有害物質の脱着に当たつて使用する加熱気流は、シート全体を直接有効に加熱することができ、このため脱着に要する時間を短くでき、熱損失も少なく、したがつて、吸着装置の使用停止時間を短くすることができる。さらに、各吸脱着装置単位ごとにそれぞれ吸脱着を行うことができるという作用効果を奏する(同第五欄第二七行ないし第三九行)。

2(1) 第一引用例に、審決が認定したように、「活性炭を充填した円筒状の吸着剤層から成る単位を三個有し、各単位には再生用の水蒸気を円筒状の吸着剤層に吹き込むための吸込口が設けられ、そして円筒状の吸着剤層への溶剤を含む空気の流れと吸着剤層からの処理済み空気の流れを制御するための円筒状吸着剤層の前後にバルブ機構が設けられて成る溶剤回収装置」が記載されていることは、原告も認めるところであるところ、原告は、本願発明の装置は一装置多数単位方式であるのに対し、第一引用例記載の装置は一装置一単位方式であり、両者は装置としての基本的構成を異にするにもかかわらず、審決はこの相違点を看過、誤認したと主張する。

(2) 本願発明の吸脱着装置は、有害物質含有ガスを処理し、かつ加熱気流を用いて脱着処理するものであるから、活性炭素繊維製シート状物から成る吸着装置の単位が大気中に開放状態に置かれたままの状態で使用されることはあり得ず、その性質上、適当な容器の中に組み込まれて吸脱着装置が構成されていることを自明の前提としているものと認められる。

そして、本願発明の要旨とする構成には、「袋状もしくは筒状に構成した活性炭素繊維製シート状物からなるかまたは(中略)活性炭素繊維製シート状物複合体からなる複数の単位(中略)からなる有害物質吸脱着装置」とあるから、本願発明の吸脱着装置が、複数個の吸着装置の単位を備えていることが明らかである。しかしながら、本願発明の要旨とする構成中には容器あるいは複数個の吸着装置の単位と容器との関係はいずれも包含されていないから、本願発明の要旨によつては、右複数個の吸着装置の単位がどのような容器に組み込まれているかについて明らかとはならない。

(3) そこで、前掲甲第二号証によつて、本件公報の発明の詳細な説明の項の記載をみると、そこには、

<1> 「第1図はシートを装着した個々の有害物質吸着装置単位の一例を示す斜視図であり」(第四欄第九行ないし第一〇行)

<2> 「本発明によればこの個々の吸着装置単位は第2図に示すように多数個を並べて例えば板6に取りつけ、全体を空気清浄化装置に取り付ける。」(第四欄第一五行ないし第一七行)

<3> 「本発明による吸着装置においてはこの第3図aおよびbの装置単位を複数個第2図の如く取り付ける。」(第四欄第三二行ないし第三四行)

<4> 「かかる円筒9個を取り付けた第2図に示すような吸着装置を作つた」(第六欄第一行ないし第三行)

<5> 実施例2として、「円筒状吸着装置単位6個を第2図に示す如く取り付けた吸着装置」を用いてトルエンを吸着飽和させ、「トルエンを吸着飽和させた吸着装置を第7図bに示す如く容器15に入れ、」「トルエンを脱着させた」(第六欄第二八行ないし末行)との記載があることが認められる。

(4) 右記載で引用されている本件公報の第2図(別紙図面(1)参照)によると、吸着装置の単位の複数個(第2図には9個示されているが、右<2>及び<3>の場合は不特定の複数個、<5>の場合には6個となることは明らかである。)が一枚の板に取り付けられており、そして、右<5>で引用する第7図b(別紙図面(1)参照)をみると、そこでは、複数個の吸着装置の単位が全体として一つの容器の中に組み込まれていることが認められる。また、複数個の吸着装置の単位が容器に組み込まれる前の状態を示す第2図をみると、別途それ相当の工夫等がなされない限り、そこで板6に取り付けられている吸着装置の各単位が直ちにそれぞれ別個の容器に組み込まれる態様、すなわちいわゆる一装置一単位方式をとり得るものとはいえず、全体として一つの容器に組み込まれるものとみるのが自然である。

そして、前掲甲第二号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明の項及び図面には、本願発明の装置でいわゆる一装置一単位方式とし又はこれを前提としていると認めることができる記載はないことが認められる。

(5) 以上みたところによると、本願発明の装置においては、いわゆる一装置一単位方式をとることを意図しているものとはいえず、いわゆる一装置多数単位方式をとることを当然の前提としているものというべきである。

(6) 他方、審決が認定した第一引用例記載の装置は、同引用例第四八〇頁の第19・14図(2)(別紙図面(2)参照)に示された装置を指していることは、審決の認定内容と成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によつて認められる第一引用例の記載とを対照すれば明らかであり、右第19・14図(2)の記載によると、そこに示された三個の円筒状の吸着剤層から成る吸着装置の単位はそれぞれ別個の容器に組み込まれているものと認められるから、第一引用例記載の装置はいわゆる一装置一単位方式に該当するものというべきである。

したがつて、本願発明の装置はいわゆる一装置多数単位方式であり、第一引用例に記載の装置はいわゆる一装置一単位方式である点で構成を異にするものということができる。

(7) 被告は、一つの装置であるか否かということと一つの容器に組み込まれているか否かということとは互いに無関係な事項であり、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明の装置が一つの容器に組み込まれていることを規定している記載はなく、また、本願発明の特許請求の範囲及び本件公報の発明の詳細な説明の項には、吸着装置の単位と容器の個数との間に格別の関係を必要とする旨の記載がないから、いわゆる一装置多数単位方式、一装置一単位方式のいずれを採用してもよいと解され、したがつて、本願発明は、一装置一単位方式をも包含する旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、容器並びに複数個の吸着装置の単位と容器との関係等についての記載はなく、本願発明の特許請求の範囲の記載によつては、複数の吸着装置の単位が一つの容器に組み込まれているということはできないとしても、本件公報の発明の詳細な説明の項の記載及び図面の記載によれば、本願発明はいわゆる一装置多数単位方式をとることを前提とするものであることは前記(2)ないし(4)で判示したとおりであり、被告の前記主張は理由がない。

3(1) 本願発明と第一引用例記載の装置とは、右2でみたように構成を異にするが、実質的にみる限りその点で両者は相違するものということはできない。その理由は、以下に判示するとおりである。

(2) 成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(昭和四八年五月二〇日、日刊工業新聞社第二版発行「集塵技術マニユアル」第四三頁ないし第六一頁)によれば、同書第五〇頁の図5・9及び第五一頁の図5・10には、円筒状の濾布を断面にそれぞれ一二個及び四個備えたバツグフイルターが、また、同書第五二頁の図5・11には、内側からそれぞれ一二個、三八個及び六八個、合計一一八個の袋状の濾布単位を三重の同心環状に配置して成るバツグフイルターが記載されていることが認められる(別紙図面(4)参照)。そして、右記載からみて、それぞれの濾布が繊維製シート状物であることは明らかであり、また、これらのバツグフイルターはいずれも、各濾布単位に粉塵、すなわち有害物質を含有する気流を通過させることによりその有害物質を各濾布単位に付着させ又はこれにより落下させ、次いでその付着物質を脱着させるものと認められる。

(3) そして、乙第一号証の一ないし三に記載の右バツグフイルターのいずれもが、複数個の濾布単位を全体として一つの容器の中に組み込んで一つの装置として構成しているものであるから、一装置多数単位方式に相当するものであり、また、この装置は、本件出願前において慣用の技術手段であつたということができる。

したがつて、審決が本願発明と第一引用例記載の発明との間の相違点<1>に対する判断においてしたように、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明に係る吸着剤たる活性炭素繊維製シート状物を適用する(その適用を正当として是認できることは後述のとおりである。)に当たり、第一引用例記載の発明の一装置一単位方式の装置を本願発明の一装置多数単位方式を前提とする有害物質吸脱着装置とすることは、右認定の慣用の技術手段の単なる転換にすぎないものというべきであり、したがつて、前記2で認定した本願発明と第一引用例記載の発明との装置の構成の差異があつても、実質的にみれば、その点で両者が相違するということはできないから、審決が本願発明と第一引用例記載の装置との間の相違点を看過、誤認した誤りは存しない。

(4) 原告は、バツグフイルター方式とは、固体の粉塵を含有する気体を濾布に通し、粉塵を物理的に濾布で捕集し、その捕集効率が低下してくると、捕集された粉塵を濾布から払い落とす操作を行うというものであり、活性炭を用いるガスの吸脱着装置とは全く異質の技術に係るものであると主張する。

しかしながら、乙第一号証の一ないし三に記載のバツグフイルターは、筒状又は袋状のシート状物である複数個の濾布単位に粉塵、すなわち有害物質を含有する気流を通過させることによりその有害物質を各濾布単位に付着させ又はこれにより落下させ、次いでその付着物を脱着させるものであるから、吸着又は付着する物質がガスであるか固体であるかの差はあるにせよ、本願発明の装置及び第一引用例記載の装置とは、右の基本的態様で共通しており、この点において同一の技術に係るものであることが明らかである。

原告の右主張は理由がない。

4(1) 原告は、本願発明と第一引用例に記載の装置との間の相違点(1)についてした審決の判断は誤りであると主張する。

しかし、第二引用例に、筒状に構成した活性炭素繊維製シート状物を吸着体とする吸着装置が記載されていることは原告も認めているところ、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によると、第二引用例におけるこの装置は、その活性炭素繊維製シート状物に気体を通過させることによりその中に含有されている有害物質を活性炭素繊維製シート状物に吸着させた後脱着させるものであることが認められるから、本願発明の装置とは基本的態様で共通しており、同一の技術分野で用いられる装置であるということができる。

そうすると、「(1)の相違点については、活性炭素繊維製シート状物が粒状の活性炭と同様に吸着剤として用い得ることは、第二引用例にも記載されているように本件出願前に公知のことであることから、本願発明の装置において活性炭素繊維製シート状物を用いる目的が活性炭素繊維製シート状物の吸着剤としての使用にあることを考慮すると、このものの使用に格別の発明性を認めることはできず、(1)の相違点は取るに足りないものである。」とした審決の認定、判断に誤りはないというべきである。

(2) 原告は、第二引用例には、本願発明の基礎となつた知見、すなわち、活性炭素繊維製シート状物は粒状活性炭に比し、吸着帯厚みを著しく小さくすることができるという知見は、開示も示唆もされていないし、また、第二引用例に記載の装置は、脱着に電気抵抗加熱を利用するものであり、それを可能ならしめるために、活性炭素繊維製シート状物が使用されている点で本願発明の装置と相違するから、第二引用例記載の発明に基づいて、本願発明の装置に活性炭素繊維製シート状物を使用することを容易に想到し得たものということはできないと主張する。

しかしながら、第二引用例に活性炭素繊維製シート状物を用いる吸着装置が記載されていることからすると、第二引用例において、粒状活性炭に対する利点、すなわち、粒状活性炭に比べ、吸着帯厚みを著しく小さくすることができるという利点を有することが示唆されていることは自明のことである。また、前掲甲第四号証によると、第二引用例記載の発明は、粒状活性炭を用いる吸着装置では、その再生に当たり、生蒸気をその層に直接通したり、活性炭の層に埋め込んだ蒸気加熱器を用いるのが一般で、これを小型の吸着器に適用するには設備に費用が掛かる等の問題があつたのを、その吸着剤として活性炭素繊維を用い、その脱着に電気抵抗加熱を用いることによつて解決したものであることが認められる。しかし、このことをもつてしても、第二引用例記載の発明が本願発明の装置とが基本的態様で共通しており、同一の技術分野で用いられる装置であるとした前記判断は何ら左右されるものではない。

原告の前記主張は理由がない。

5 原告主張に係る本願発明の奏する作用効果について判断する。

前掲甲第四号証によると、第二引用例には、従来の粒状活性炭を用いる場合に対し活性炭素繊維製シート状物(活性炭素繊維)を用いることによる利点として、「この通気性と再生の問題は本発明の活性炭素繊維を用いた吸着器の再生法により一挙に解決出来るのであつて」(発明の詳細な説明の項第一頁右欄第一五行ないし第一七行)、「吸着剤は繊維状であるために通気性が極めて良好で従来の活性炭に於けるような充填密度や通気性の問題は全く起らない」(同第二頁左欄第三行ないし第五行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によると、吸着剤として活性炭素繊維を用いれば、通気性が極めて良好で充填密度の問題は起こらないものということができるから、粒状活性炭を用いる場合に比べ、圧力損失を著しく低くすることができることが明らかであり、また、バツグフイルターに適用されているいわゆる一装置多数単位方式によると、その多数の濾布単位が全体としての一つの容器に組み込まれているのであるから、各濾布単位がそれぞれ別個の容器に組み込まれる一装置一単位方式に比べて装置の大きさを小さくし得ることは自明のことというべきである。

したがつて、原告が主張する本願発明の効果は、第二引用例記載の発明における筒状の活性炭素繊維を用いる吸着装置、及び慣用の技術手段であるバツグフイルターにおける一装置多数単位方式のものがそれぞれ奏するものに比べ、格別に顕著なものということはできない。

6 以上みてきたところによると、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、また、本願発明と第一引用例に記載の装置との間の相違点(2)、(3)についてした審決の判断については、原告においても認めているところであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は正当である。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

袋状もしくは筒状に構成した活性炭素繊維製シート状物からなるかまたは通気性支持体上に支持された活性炭素繊維製シート状物複合体からなる複数の単位、上記各単位に加熱気流を噴射せしめ上記加熱気流を上記活性炭素繊維製シート状物に通過させるため上記各単位の開口部に設けたまたは脱着時に上記開口部に取り付けうる噴射ノズル、および各開口を密閉するための蓋からなる有害物質吸脱着装置。

(別紙図面(1)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

(以下省略)

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